宇宙領域防衛指針
Summary
本書は、日本の防衛省が策定した「宇宙領域防衛指針」であり、宇宙領域における防衛能力強化の方向性や具体的な取組、必要となる技術を体系的に示している。衛星通信の確保、SDA(宇宙領域把握)能力の強化、HGV(極超音速滑空兵器)の探知・追尾、AI・商用技術の活用、同盟国・同志国との連携など、オールドメインの能力向上と宇宙利用の確保に向けた包括的な方針がまとめられている。
表紙
宇宙領域防衛指針
令和7年7月 防衛省
目次
目次
1.策定の趣旨 … 2 2.我が国の防衛と宇宙領域における防衛能力強化の方向性 … 4 (1)迅速かつ的確な戦況把握 … 4 (2)作戦の基盤となる衛星通信の確保 … 5 (3)機能保証(Mission Assurance) … 5 (4)相手方の指揮統制・情報通信等の妨げ … 6 3.具体的な取組の方向性と必要となる技術 … 6 (1)迅速かつ的確な戦況把握 … 6 (ア)移動目標のリアルタイム探知・追尾… 6 (イ)滑空段階のHGVのリアルタイム探知・追尾… 7 (ウ)AIやデジタルツインを用いた戦況の可視化… 7 (2)作戦の基盤となる衛星通信の確保 … 8 (ア)次期防衛通信衛星の整備… 8 (イ)AIを活用したオンボード処理と戦術通信… 8 (ウ)同盟国・同志国と相互運用性を有する抗たん性の高い通信の確保. 8 (エ)通信衛星コンステレーション等の商用サービス活用… 9 (3)機能保証(Mission Assurance) … 9 (ア)SDA能力の強化… 9 (イ)衛星の防護能力の構築… 10 (ウ)宇宙システム全体の抗たん性強化… 10 (エ)即応的な対処・回復能力の向上… 10 4.施策を下支えする総合的な取組 … 11 (1)防衛力と経済力の好循環の創出 … 11 (2)宇宙関連施策の推進体制の強化 … 12 (3)宇宙領域に係る人的基盤の強化 … 12 (4)宇宙領域に係る同盟国・同志国との連携強化 … 12 5.おわりに(宇宙領域防衛指針の実現に向けて) … 13
1.策定の趣旨 (1/2)
1.策定の趣旨 宇宙空間の利用は、通信、観測、測位等の面で国民生活の基盤そのものである。宇宙システムによるこれらのサービスは、日常生活に定着し、我々の経済・社会活動の重要な基盤となっている。さらに、災害時には被災状況の把握や緊急時の連絡の手段として大きな役割を果たしてきており、国民の命や平和な暮らしにとって、宇宙空間の利用は不可欠なものとなっているのみならず、安全保障面でも、陸上、海上、航空を含むオールドメインの軍事作戦上の指揮統制・情報収集基盤の中枢をなしている。 こうした中にあって、各国は、早期警戒、通信、測位、偵察機能を有する各種衛星の機数増加や能力強化に注力している。特に中国は、近年、軍用衛星を顕著に増加させ、長距離精密打撃に資する目標の監視・追尾や通信のための衛星コンステレーション構築にも取り組んでおり、軍のC4ISR1能力を急速に向上させている。ロシアによるウクライナ侵略では、ロシアから通信インフラ等の攻撃を受けたウクライナ軍が、民間の商用衛星画像や通信衛星コンステレーションを軍事作戦に利用し、宇宙における民間力の活用が戦況に大きな影響を与えている。 さらに、中国やロシアをはじめとする一部の国家は、自国の軍事優勢を確保するために、いわゆるキラー衛星に資する技術開発、RPO2(接近・近傍活動)等の実証実験、DA-ASAT3ミサイル(直接上昇型対衛星ミサイル)の開発・実験といった他国の衛星を妨害・無力化する技術開発を活発化しており、これらを宇宙の軍事利用をより効果的にする手段として認識し、能力向上に積極的に投資するなど、宇宙の戦闘領域化が進展し、宇宙空間における脅威とリスクが拡大している。 また、世界的な潮流として、ISS4(国際宇宙ステーション)運用終了に伴う民間による地球低軌道の利用の進展、アルテミス計画をはじめとするシスルナ領域(地球から月までの間の領域)以遠の探査プログラムの推進により、宇宙における活動領域が広がるとともに、AI5、光通信等の新技術の台頭によって衛星機能の飛躍的な向上が見込まれ、宇宙をめぐる国際競争は更に激化していくことが予想される。 こうした状況の下、我が国の宇宙利用が阻害された場合、防衛省・自衛隊の任務遂行に支障が生じるのみならず、我が国の経済・社会活動が害されるおそれも
脚注: 1 Command, Control, Communication, Computer, Intelligence, Surveillance and Reconnaissance 2 Rendezvous and Proximity Operations 3 Direct-Ascent Anti-SATellite 4 International Space Station 5 Artificial Intelligence
1.策定の趣旨 (2/2)
ある。したがって、国民の命と平和な暮らしを守るという防衛省・自衛隊の任務を全うするためには、防衛省・自衛隊が任務遂行上利用する衛星を防護するのは当然のこと、国民生活の基盤たる政府・民間の宇宙利用も確保していくことが必要である。 このため、防衛省・自衛隊として、宇宙領域における防衛能力を早急に強化し、オールドメインにおける能力を増幅するとともに、いかなる状況においても宇宙空間の利用を確保することを目指していく。 近年、防衛省・自衛隊では、SDA6(宇宙領域把握)能力の強化を進めており、地上から主に静止軌道までの宇宙物体を観測する能力を獲得するとともに、2026年度に宇宙空間から静止軌道帯の宇宙物体の特性を詳細に把握するSDA衛星の打上げを予定するなど、SDA任務に必要なアセットの整備及び運用能力の構築に取り組んできているところである。また、航空自衛隊においては、2020年度に宇宙作戦隊を新編し、2021年度に宇宙作戦群へと発展させた上で、累次にわたり増員を続けるなど、体制の強化も進めてきている。 こうした能力の強化を通じ、航空自衛隊においては、単なる他の領域の作戦の補完ではなく、一つの新たな領域における任務として宇宙領域における作戦を実施できる態勢が整ってきており、今後もかかる能力を引き続き強化していく。さらに、通信、観測、測位といった宇宙空間の利用を確保することが必要であることに鑑みれば、宇宙領域における作戦が、陸上作戦、海上作戦、航空作戦と同等の重要性を有するようになっている。宇宙領域における作戦を担う航空自衛隊にとって、空のみならず宇宙もその主要な行動領域となるため、航空自衛隊を「航空宇宙自衛隊(仮称)」とする必要がある。 「航空宇宙自衛隊(仮称)」においては、防衛省・自衛隊が行う各種任務を宇宙領域から保証・支援していくとともに、我が国の国民生活の基盤としての民間を含む我が国の宇宙利用を確保するため、陸海空での任務遂行を支援する能力や、SDA能力、衛星を防護する能力、相手方の指揮統制・情報通信等を妨げる能力といった、幅広い能力を構築・強化していく。 加えて、宇宙領域に係る科学技術分野や民間の商用サービスが、国内外において著しく進展し、これらの競争も激しくなっていることから、防衛省・自衛隊として、これらの動向を注視し、政府の宇宙基本計画や宇宙安全保障構想を踏まえ、安全保障に与える影響やその活用について、不断に検討していくことが必要である。民間の革新的なサービスや技術を取り込みつつ、民間企業の関連技術への投資を後押しすることで、防衛力強化と経済力強化の好循環を実現していく。 こうした認識の下、今後、「航空宇宙自衛隊(仮称)」を中心に我が国の宇宙利用を確保するために必要な施策を明らかにするべく、本指針を策定する。
脚注: 6 Space Domain Awareness
2.我が国の防衛と宇宙領域における防衛能力強化の方向性 (1/3)
2.我が国の防衛と宇宙領域における防衛能力強化の方向性 国家防衛戦略(令和4年12月16日国家安全保障会議決定及び閣議決定)においては、「抜本的に強化された防衛力は新しい戦い方に対応できるものでなくてはならない」とした上で、「我が国への侵攻そのものを抑止するために、遠距離から侵攻戦力を阻止・排除できるようにする」「万が一、抑止が破れ、我が国への侵攻が生起した場合には、(略)有人アセット、さらに無人アセットを駆使するとともに、水中・海上・空中といった領域を横断して優越を獲得し、非対称な優勢を確保できるようにする」「さらに、迅速かつ粘り強く活動し続けて、相手方の侵攻意図を断念させられるようにする」ことの必要性が挙げられている。 これらを実現するべく、我が国の防衛上必要な7つの機能・能力(「スタンド・オフ防衛能力」、「統合防空ミサイル防衛能力」、「無人アセット防衛能力」、「領域横断作戦能力」、「指揮統制・情報関連機能」、「機動展開能力・国民保護」及び「持続性・強靱性」)が導出されているが、こうした機能・能力を強化するに際して、宇宙領域の重要性は極めて高い。 宇宙領域における防衛能力を、陸上・海上・航空の従来領域及びサイバー・電磁波領域における能力と有機的に融合させつつ強化していくことで、陸海空自衛隊のオールドメインでの防衛能力を増幅させることが必要である。 同時に、宇宙空間における脅威とリスクが拡大する中で、国民生活の基盤そのものであると同時に、安全保障面では、オールドメインの軍事作戦上の中枢をなす宇宙空間の利用の確保に取り組んでいく。 こうした認識の下、戦闘領域化する宇宙領域において、以下の4つのアプローチにより防衛能力を強化していく。
(1)迅速かつ的確な戦況把握 「スタンド・オフ防衛能力」の実効性確保のためには、東西南北、それぞれ約 3,000 キロに及ぶ我が国周辺の広大な領域に点在する相手の艦艇、上陸部隊等に関する詳細な目標情報を常時継続的に収集する必要があり、宇宙領域を活用して、宇宙空間から移動目標をリアルタイムに探知・追尾する能力を構築していく。こうした能力は、「反撃能力」の発揮にも資するものである。 また、近年、我が国周辺において、質・量ともにミサイル戦力が増強されている中、マッハ5を超える極超音速で低い軌道を飛翔し、高い機動性を有するHGV7(極超音速滑空兵器)については、「統合防空ミサイル防衛能力」とし
脚注: 7 Hypersonic Glide Vehicle
2.我が国の防衛と宇宙領域における防衛能力強化の方向性 (2/3)
て、宇宙からの探知・追尾を検討していく必要がある。 さらに、各級指揮官が我が国周辺の動態情報や戦況をリアルタイムに把握し、「状況認識」、「状況判断」、「決心」及び「行動」の意思決定サイクルを相手方よりも正確かつ迅速に回すことで、「意思決定の優越」を確保することが必要であり、AIやデジタルツインに関する技術を用いた戦況の可視化を図っていく。
(2)作戦の基盤となる衛星通信の確保 センサーで収集した動態情報のリアルタイムな伝達や、遠距離に所在する部隊間の情報共有を可能とする衛星通信は、「指揮統制・情報関連機能」のみならず、防衛省・自衛隊の作戦全ての基盤となるものである。 衛星通信に対する電波妨害や、通信波の傍受により位置特定を可能にする技術が多数開発されている中、多様な妨害や脅威に対応するためには、個別の攻撃に対して、システムとして堅牢かつ大容量通信が可能な地球低軌道の衛星コンステレーション、通信の安定性が高く広域通信が可能な静止軌道衛星等を組み合わせて、成層圏、地球低軌道から静止軌道に至る多層的で抗たん性の高い衛星通信ネットワークを構築し、それぞれをシームレスに利用できる通信環境を整備することが必要である。 防衛省・自衛隊の任務の多様化に加え、近年、海底ケーブル切断のリスクも生じる中にあって、将来の運用構想や有事も見据え、増大する通信所要を勘案した衛星通信ネットワークを構築していく。この際、進展が著しい商用サービスも柔軟に取り込んでいく。
(3)機能保証(Mission Assurance) 一部の国家による衛星妨害能力の強化やスペースデブリの急増によって宇宙空間における脅威とリスクが急速に拡大している中、宇宙空間の利用の確保は喫緊の課題である。 こうした中にあって、前述した「迅速かつ的確な戦況把握」や「作戦の基盤となる衛星通信の確保」を支える「持続性・強靱性」を確保し、防衛省・自衛隊が行う各種任務を宇宙領域から保証・支援していく必要がある。 防衛省・自衛隊としては、宇宙物体の位置、軌道等を把握するSSA8(宇宙状況把握)能力に加え、各国の衛星の運用・利用状況、その意図や能力を把握するSDA能力を更に強化しつつ、衛星の防護に必要な能力も構築していくとともに、宇宙システム全体の抗たん性の強化等を通じて、宇宙領域における防
脚注: 8 Space Situational Awareness
2.我が国の防衛と宇宙領域における防衛能力強化の方向性 (3/3) / 3.具体的な取組の方向性と必要となる技術 (1/6)
衛省・自衛隊の任務の継続を確保していく。
(4)相手方の指揮統制・情報通信等の妨げ 相手方の軍事作戦における宇宙利用の形態の多様化や多層化など、宇宙領域の利用に対する脅威が増大する中、宇宙領域への対応として、相手方の指揮統制・情報通信等を妨げる能力を更に強化する。その際、これらに必要な技術に係る研究開発を進めていく。
(1)~(4)の観点から宇宙領域における防衛能力を強化していくにあたっては、他省庁、民間企業、研究開発機関等との更なる連携強化に加えて、米国をはじめとする同盟国・同志国との相互運用性の観点も含めた連携が不可欠である。我が国として、宇宙領域における自律的な防衛能力を強化しつつ、更なる能力向上と運用協力の両面において、同盟国・同志国と相互に補完し合う体制の構築に努めていく。
3.具体的な取組の方向性と必要となる技術 (1)迅速かつ的確な戦況把握 (ア)移動目標のリアルタイム探知・追尾 「スタンド・オフ防衛能力」の実効性を確保する観点からは、スタンド・オフ・ミサイルの開発のみならず、目標情報を一層効果的に収集・分析する体制を整備する必要がある。このため、宇宙領域を活用した常時継続的な目標情報の探知・追尾能力の獲得を目的として、衛星コンステレーションを構築していく。広域かつ高精度で観測可能な従来の大型地球観測衛星に加えて、高頻度で観測可能な衛星コンステレーションを組み合わせることにより、リアルタイムかつ効率的な情報収集を可能にしていく。 この際、衛星コンステレーションで収集した大量の情報を、地上部隊等へリアルタイムに伝達できることが不可欠である。このため、衛星からデータ受信する地上局の最適配置のほか、安全に大容量の通信を可能とする衛星間光通信やオンボードでのAIによる目標識別といった先端的な技術を確立していく。 また、衛星コンステレーションによる地球低軌道からの観測に加えて、静止光学衛星等の常時かつ広範囲の観測が可能となる、より高い軌道における観測衛星の整備も検討していく。静止軌道から有効に観測するためには、高分解能の観測を実現する望遠鏡等の技術を確立することが必要である。 目標情報や戦況のリアルタイム把握は、戦いの優位性を大きく左右するものであり、防衛省・自衛隊としては、こうした技術の確立に向けた技術実証
3.具体的な取組の方向性と必要となる技術 (2/6)
を進めていくとともに、関連する他省庁の研究開発支援プログラムとの連携もより深めていく。
(イ)滑空段階のHGVのリアルタイム探知・追尾 我が国周辺において、HGV等のミサイル関連技術が飛躍的に向上し、質及び量ともに著しく強化される中、これらに対する迎撃能力の強化は喫緊の課題である。日米両国はGPI9(滑空段階迎撃用誘導弾)の共同開発を進めているが、当該共同開発は2030年代の完了を予定しているところ、開発完了までに有効なネットワークを構築していく必要がある。 HGVを早期に探知・追尾する手段としては、宇宙からの赤外線観測が有効である。地上レーダーでは見通し線外にある滑空段階のHGVを探知するのは困難であるが、衛星に搭載した赤外線センサーを用いた観測により、滑空段階のHGVを早期に探知・追尾できる可能性がある。 防衛省・自衛隊では、HGV探知・追尾に関する技術を確立するため、HTV-X(新型宇宙ステーション補給機)で計画している宇宙実証プラットフォームを活用した赤外線センサーの宇宙観測実証を進めていく。このほか、現在、海外に依存しているキーデバイスであるセンサーや通信機器の国内技術を向上させるため、超高精細広帯域赤外線センサー、赤外線以外の検知手段の研究開発、小型光通信端末の研究開発等も実施していく。 同時に、宇宙からのHGV探知・追尾として、米国では衛星コンステレーション計画が進展し、2024年4月の日米首脳共同声明(ファクトシート)においては、将来的な地球低軌道のHGV探知・追尾のコンステレーションに関する日米協力の意図が発表されており、米国との連携を検討していく。
(ウ)AIやデジタルツインを用いた戦況の可視化 平素から意思決定プロセスの高速化をはじめとする優位性を確保するため、作戦・演習の実施や災害派遣において、意思決定の迅速化を図る。遠方の作戦・演習地域や後方支援の状況の可視化など、膨大なデータをAIにより即座に処理し、デジタルツインを用いて、各級指揮官等が必要な情報をリアルタイムで直感的に使用可能な情報として提供できる環境の整備を検討する。防衛省・自衛隊内で蓄積されてきた地理空間情報データ等を有効に活用し、まずは災害派遣等の具体的な活用事例を想定した実証を通じて、将来的なアプリケーション開発につなげる。 これらの正確性及びリアルタイム性を担保するため、衛星と地上装備品と
脚注: 9 Glide Phase Interceptor
3.具体的な取組の方向性と必要となる技術 (3/6)
の正確かつ迅速な情報共有、ライダー10衛星等による高度を含めた正確な地形把握能力等の向上を図っていく。
(2)作戦の基盤となる衛星通信の確保 (ア)次期防衛通信衛星の整備 防衛省・自衛隊の基幹通信を担うこととなる次期防衛通信衛星では、同盟国・同志国との相互運用性の確保や、電波妨害といった周辺国の妨害能力の向上に対する更なる抗たん性の強化、防衛省・自衛隊の任務拡大や扱うデータ量の増大に伴い今後も増大が見込まれる通信所要への対応が必要である。 このため、現在運用中のXバンド防衛通信衛星で使用しているX帯に加え、同盟国・同志国が既に使用しており、妨害されにくい高周波数帯のKa帯の利用や、大容量かつ柔軟な通信を提供するデジタル通信ペイロードを搭載するなど、衛星通信の抗たん性強化及び通信容量の拡大を推進する。 また、能力向上に不可欠となる高性能なミッション機器を衛星に搭載するためには、高性能化に伴い増大する機器の発熱を宇宙空間において効率的に排出する熱制御技術が必要となる。加えて、電波妨害や傍受対策をはじめとする通信における高抗たん化技術等に関する民間ニーズは少なく、防衛省・自衛隊が主体となって研究開発を進めていく必要があり、こうした次世代に必要な防衛宇宙技術を、実証を通じて確立していく。
(イ)AIを活用したオンボード処理と戦術通信 戦闘様相が迅速化・複雑化している中で戦いの優位性を確保していくためには、各種衛星で収集した大量の情報を、極めて短時間のうちに処理・解析し、シューターまで連接する指揮統制能力を強化していく必要がある。 このため、戦術通信能力を有する小型衛星にAIを搭載した戦術AI衛星の実証を進めていく。また、各種衛星で収集した情報を衛星上で統合処理する技術や、処理した情報を各種装備品と双方向通信する技術を確立し、幅広い任務に効果的に活用していく。
(ウ)同盟国・同志国と相互運用性を有する抗たん性の高い通信の確保 同盟国・同志国との相互運用性の観点からは、米国が主導し、衛星の通信帯域を共有して抗たん性の高い通信を行うための枠組みであるPATS11への参加に向けて米国と調整を進めるとともに、これに対応した衛星通信器材の整備・実証を行っていく。
脚注: 10 レーザー光により対象までの距離を計測するセンサー 11 Protected Anti-Jam Tactical SATCOM
3.具体的な取組の方向性と必要となる技術 (4/6)
(エ)通信衛星コンステレーション等の商用サービス活用 通信衛星コンステレーションは、地球低軌道や中軌道に配置された多数の衛星を利用した通信となるため、静止軌道通信衛星と比べて、高速大容量かつ低遅延の通信を可能とするものであり、商用サービスが急速に進展している。 防衛省・自衛隊の任務の多様化に伴って衛星通信の所要が今後も増大することが見込まれる中、業務通信については、大容量通信を確保する観点から、民間の通信衛星コンステレーションを柔軟に活用していく。 一方で、作戦情報を扱う通信については、安定性や高抗たん性確保の観点から、防衛通信衛星等を防衛省・自衛隊が保有することが適切であるが、今後も増大が見込まれる通信所要を踏まえ、閉域網12や専用のビームを用いた商用サービスの活用も検討していく。 加えて、冗長性確保のため、宇宙空間のみならず成層圏におけるHAPS13通信サービスの実証や国産HAPSの研究開発を進めていく。
(3)機能保証(Mission Assurance) (ア)SDA能力の強化 防衛省・自衛隊としては、宇宙空間の利用を確保するため、2020年に宇宙作戦隊を新編し、2023年にはSSA運用システムの運用を開始するとともに、米軍、JAXA(宇宙航空研究開発機構)等とも連携を開始するなど、宇宙物体の位置、軌道等を把握するSSA能力の強化を進めてきた。今後はSSA能力に加え、各国の衛星の運用・利用状況、その意図や能力を把握するSDA能力を更に強化していく。 加えて、宇宙空間の利用が、国民生活の基盤そのものとなっている現状に鑑み、防衛省・自衛隊が任務遂行上利用する衛星のみならず、政府・民間の衛星に対するキラー衛星、DA-ASATミサイル等による攻撃について、脅威の兆候を早期に探知するとともに、その意図や能力を把握していく。 その一環として、2024年度にSSAレーダーの運用を開始したほか、地上レーダー等では把握が困難な軌道上の宇宙物体の特性をより近傍から観測するため、2026年度にはSDA衛星の打上げを予定しているが、今後、SDA衛星の複数機運用やセンサー数増加、商用サービス利用に向けた検討も進めていく。加えて、SDAの精度を向上させるため、地球低軌道から静止軌道を含む他軌道の衛星の動きを検知する能力の構築に向けた技術
脚注: 12 インターネットに接続されていないネットワーク 13 High Altitude Platform Stations
3.具体的な取組の方向性と必要となる技術 (5/6)
実証を進めていく。 スペースデブリや衛星の軌道推定のためには、観測情報のさらなる充実化が必要であり、多国間連携や民間の商用サービスの活用も検討していく。また、今後も宇宙アセットの増加が見込まれる中、地上局や管制運用センターの整備に関する検討も進めていく。
(イ)衛星の防護能力の構築 自国の衛星等に何らかの不具合が生じた場合においては、それが太陽活動等の自然現象(宇宙天気)に起因したものなのか、悪意を持った第三者からの攻撃によるものなのか特定(アトリビューション)し、必要な場合には衛星防護を実施していく必要がある。 こうしたアトリビューション能力や衛星防護能力を構築するため、関係機関とも協力して宇宙天気の正確な把握や予測を進めるとともに、異常発生時における原因究明・攻撃主体の特定や、軌道上での自国衛星に対する妨害への対処、衛星の自律的かつ機動的な運用に必要な技術に関する実証を進め、衛星の防護に係る検討を深化させていく。
(ウ)宇宙システム全体の抗たん性強化 衛星通信の盗聴・改ざんや各種衛星で収集した情報の漏洩等の防止のため、衛星と地上をつなぐ宇宙システム全体のサイバーセキュリティ対策を強化していく。 また、衛星のみならず地上の宇宙関連施設に対する脅威も存在する中、地上の宇宙関連施設の抗たん性を強化するため、新たに宇宙システムを整備する際に、地上施設を分散して設置するなどの具体的な方策を検討し、推進していく。 さらに、ロシアによるウクライナ侵略においては、GPS14信号への妨害活動の活発化が確認される中、衛星測位信号への妨害に対応するため、GNSS15(全球測位衛星システム)受信機のみちびき公共専用信号への対応やマルチGNSS化、耐ジャミング技術の導入を推進していく。
(エ)即応的な対処・回復能力の向上 DA-ASATミサイル等により軌道上の衛星の機能が損失した場合でも、衛星を即応的に補完する体制を整備することで、その脅威を低下させることが可能である。
脚注: 14 Global Positioning System 15 Global Navigation Satellite System
3.具体的な取組の方向性と必要となる技術 (6/6) / 4.施策を下支えする総合的な取組 (1/3)
このため、衛星コンステレーションを構成する小型衛星を早期に打上げることを目指して、小型ロケットの能力向上と即応化に関する実証を進めていく。さらに、軌道上での技術実証、各種観測等のマルチミッション対応や運用開始のための即応的な検査を可能とする、即応型マルチミッション衛星の実証を進めていく。 あわせて、これらの即応化実現のための小型ロケットや衛星の保有の在り方についても、検討を進めていく。
4.施策を下支えする総合的な取組 (1)防衛力と経済力の好循環の創出 民間部門における宇宙領域のイノベーションが急速に発展しており、小型ロケットの開発による低コスト・高頻度の打ち上げ、小型衛星を活用した大規模な衛星コンステレーション構築、軌道からの回収、再使用型ロケットの開発、従来活用されていなかったVLEO16(地球超低軌道)の利用など、多くの宇宙関連企業が台頭し、商業レベルでの宇宙領域の開発競争が激化している。 こうした中にあって、防衛省・自衛隊において、宇宙領域における防衛能力を強化するため、商用分野における国内外の先端技術・サービスの導入や活用を積極的に進め、研究開発から実証・製造・運用に至るプロセスの迅速化を図っていく。 防衛省・自衛隊の取組について、民間企業、研究開発機関等とのコミュニケーションを密にし、情報発信やニーズの提示をより一層進めることで、取組の予見可能性を高め、デュアルユースを含む技術開発投資の促進や国内宇宙産業基盤の育成・強化を図っていく。その際、光通信やEHF17(ミリ波)、赤外線センサー、軌道上推薬補給・修理といった、防衛省・自衛隊として積極的に活用していくべき商用サービス・技術の特定も行っていく。 また、宇宙領域に関する実証・装備化を進める中で、主に海外に依存している必要不可欠な物資、部品等(クリティカルコンポーネント)について、有事にも安定的に確保するべく、国内で構築すべきサプライチェーンについての検討も進める。 さらに、宇宙戦略基金といった他省庁の研究開発支援プログラムと安全保障の取組との連携を強化していくほか、宇宙技術戦略等の政策文書に防衛省・自衛隊のニーズを反映していくことで、宇宙基本計画や宇宙安全保障構想に沿って政府一体で取組を進めていく。JAXAの所管官庁である内閣府、総務省、文部科学省、経済産業省ともより一層連携しつつ、JAXAとの協力関係も更
脚注: 16 Very Low Earth Orbit 17 Extra High Frequency
4.施策を下支えする総合的な取組 (2/3)
に強化していく。
(2)宇宙関連施策の推進体制の強化 「航空宇宙自衛隊(仮称)」の発足も見据え、防衛省・自衛隊の宇宙関連施策を一体的に推進する体制を強化・効率化していく。その際、宇宙領域専門部隊の体制の拡充や、新世代装備研究所及び防衛研究所における研究体制の強化も併せて行っていく。
(3)宇宙領域に係る人的基盤の強化 防衛省・自衛隊において、今後、宇宙領域の防衛能力を強化していくにあたり、人的基盤の強化は急務となっており、防衛省・自衛隊全体で、外部人材の登用のみならず、宇宙領域に精通した部内人材の育成に取り組んでいく。 宇宙人材の育成を進めるにあたっては、必要となるスキルや素養を特定した上で、キャリアパスを構築していくことが必要である。例えば、宇宙領域に関連する業務の経験者や関連分野の学位保有者について、定期的に宇宙領域分野の業務やJAXA等の関係機関が実施するプロジェクトに派遣するとともに、新世代装備研究所において宇宙関連分野の研究を経験させるなど、省内での人材育成や宇宙関連知見の蓄積を図っていく。 あわせて、有識者による研修や米国政府主催の宇宙プログラムへの参加などを通じて、防衛省・自衛隊全体における宇宙領域への理解醸成・知識レベルの底上げを図っていく。
(4)宇宙領域に係る同盟国・同志国との連携強化 宇宙空間の持続的な利用を確保するためには、同盟国・同志国との連携強化が必須である。同盟国である米国とは、SDA等に係る情報共有や協力体制を引き続き強化しつつ、将来的な地球低軌道のHGV探知・追尾のコンステレーションに関する協力、PATSへの参加等を通じて、連携をより強化していくとともに、ホステッド・ペイロード協力等の検討も進めていく。 また、2024年に米軍横田飛行場に在日米宇宙軍が新編されたことも踏まえ、日米共同による宇宙を含む領域横断作戦を円滑に実施するための協力や、相互運用性を高めるための取組を一層深化させていく。 さらに、米軍が主催する宇宙安全保障に関する多国間机上演習「シュリーバー演習」や、米国をはじめとする同志国で構成され、宇宙安全保障に関する議論を実施する多国間枠組みである「連合宇宙作戦イニシアチブ(CSpO18
脚注: 18 Combined Space Operations
4.施策を下支えする総合的な取組 (3/3) / 5.おわりに
Initiative)」に継続的に参加することで、宇宙分野における同盟国・同志国との関係を更に強化しつつ、宇宙利用の確保のための国際的な取組に積極的に関与していく。
5.おわりに(宇宙領域防衛指針の実現に向けて) 防衛省・自衛隊では、航空機や艦艇といったいわゆる正面装備の整備中心に各種取組が進められてきたこともあり、従来、宇宙システムを地上システムの補完として捉える見方があった。 本指針はそうした考えから脱し、いかなる状況においても宇宙空間の利用を確保していくため、宇宙領域における防衛能力強化の方向性を明らかにしたものだが、今後の周辺国の脅威や最新の技術動向を踏まえ、陸海空自衛隊のオールドメインでの作戦能力を増幅させる観点から、不断に再検討がなされるべきものである。 その際、シスルナ領域を含む宇宙領域における将来の戦い方等の情勢の変化を絶えず勘案する必要がある。 本指針で示した方向性については、各種技術の実現可能性や実装可能な時期等も踏まえて、装備化等を検討していく必要があるが、いずれにせよ、防衛省・自衛隊の宇宙領域における防衛能力強化を通じて、国家安全保障戦略等で示された我が国の防衛力の抜本的強化の実現につなげていく。 (以上)